現在ルームシェアをしているナズナと俺は、元々お互いを知っていたわけではない。ルームシェアがきっかけの、知り合って日の浅い友人だ。友人、と言っても差し支えはないのだろう。
「史郎(しろう)くん、水族館に行きましょう!」
「水族館? ……先週の日曜も行った気がする」
「うん、ちょうど一週間前、確かに行きましたね」
ナズナは俺と同い年の大学生だが、誰にでも敬語を話すようだ。丁寧な人物という印象だが、少し変わっている。
先週俺達は男二人で水族館へ出かけた。そしてペンギンのところで長々とその生態を眺めていて、俺が次の水槽に行こうと言ってもなかなか離れがたくそこにいるので、しまいに俺はナズナを置いて一人で館内を廻ったのだ。
「またペンギンを見に行きたいのか?」
「え、史郎くん。僕がペンギン好きだって、よくわかりましたね」
「それは……わかるだろう」
「そもそもペンギンを好きじゃない人間がこの世にいるのでしょうか? 史郎くんはペンギンを嫌いですか」
「別に嫌いではないけど」
「じゃあ好きですね!」
ナズナはにっこりと満面の笑みを浮かべ、テーブルに水族館の年間パスと電卓を置いた。
水族館の年間パスなんてものがあるなんて、ナズナと水族館に行くまで知らなかったし、必要もなかったのだが、つい先週も「年パス買わないんですか?」と聞かれた。
「史郎くんも年パス買った方がお得ですよ? いつでも水族館に行けますし」
「いやー……」
戸惑う俺を知ってか知らずか、ナズナは電卓でどれだけお得なのかをはじき出す。
「ほらね、普通に入場券を買って一年の間に三回行くのと、年パスを購入して好きなだけ行くのは同じ値段なんです。買わないなんてもったいないじゃないですか」
「水族館の営業の人かなんか?」
確かに単純計算したらそうなるのかもしれないが、そもそも年に三回も水族館に行くようなことは、これまでの人生なかった。
「ペンギンに会いたくないんですか?」
どこまでペンギンに会いたいんだろうかこの男は。水族館に行くのであれば、彼女でも作って一緒に行ったらいいのではないだろうか。
「彼女ですかあ……」
ナズナは難しい顔をして斜め上を見つめ、しばらく何か考えていた。しかしそのまま黙り込んでしまったので、彼女の当てがないのだろうな、と俺は察した。
「いや、史郎くんと水族館に行くのが楽しいんです、僕は」
「え、なんで。俺は別に水族館は……」
「黒田史郎くん。……君の名前って、ペンギンみたいですよね」
「――は?」
突然フルネームで呼ばれたので、何かと思ったら妙な指摘をされた。ペンギンみたいって? どこが?
「黒と白で」
ナズナは照れたのか、何だか頬を少し染めている。そこ照れるところだろうか? よくわからない男だ。そうかペンギンオタクなんだなこいつは。
「というわけでですね、水族館に行きましょう! 史郎くん」
「いや何が『というわけ』なん」
「駄目ですか?」
ナズナは断られるなんて思ってもいないような純真な目で、俺を見つめてくる。この目にはなんとなく弱い。実家に置いてきたチワワの太郎ちゃんを思い出すからだ。
俺はため息をつき、仕方なく頷いた。
「わかった。行くよ。でも年パスは……ちょっと今回買えない。お得とか言われてもさ、まとまった金額だから……」
「そうですか、じゃあ史郎くんの誕生日にプレゼントしましょうかねー。誕生日いつですか」
「いやいや……いらんけど」
「えー」
ナズナは嬉しそうに椅子から立ち上がった。
「でも急なお誘いに乗ってくれて嬉しいです」
丁寧に言われて、なんとなく変な気持ちになる。同い年なのだからこんな風に敬語を使わなくてもよいのに。
「――ナズナ。タメ口で喋ってくんない?」
「え? 嫌でした?」
「友達っぽくない、気がする」
「わかりました。んじゃ、史郎。水族館行こう。そしてペンギンを一緒に見よう」
タメ口になった途端、史郎くんから史郎に呼び捨てになったのは少しむずがゆかったが、とりあえず俺達はシェアハウスを出て一緒に水族館へ出かけたのだった。
イワシの大群やでかいマグロ、ハンマーヘッドシャークなんかを先週も見たなあと思いながら眺めていたら、案の定ナズナはペンギンコーナーで捕まった。
仕方なく俺も一緒になってペンギンを眺める。
「あのペンギン……種類わかんないけど。なかなか凛々しいな。眉毛っぽくて」
「イワトビペンギンだよ。かっこいいよね! イワトビペンギンはね……マカロニペンギン属の……」
にこにことペンギンを見つめるナズナは、俺の言葉にぱっと目を輝かせてイワトビペンギンの生態について説明を始めてしまった。本当にペンギンが好きなんだなあこの男。あまりにも詳しくてちょっとぼーっとしてしまったら、ナズナがそれに気づいたのか言葉を止めた。
「あーごめん、調子に乗ったかもしれない。少しずつ史郎にペンギン知識を教えていくから、安心してね」
いや別にペンギン知識欲していない。そう思ったが、なんだか楽しそうなナズナを見ていたら、どうでも良くなった。
ペンギンオタクという謎属性だけど、意外と良好な友人関係を築けているではないたろうか。ナズナは俺に対して率直な自分の言葉をぶつけてくれる。それが心地よいのかもしれなかった。
「もしかしてさあ、ナズナ。俺をペンギンと同一視してないか?」
「まさか。いくら僕だって人間とペンギンの区別くらいつくよ。でもペンギンていいだろう?」
ナズナはそう言って、軽く笑った。
俺達の輝かしいペンギンライフの始まりだ。……ってなんだそりゃ。まずいペンギンに毒されてきたかもしれん。
「ね、史郎。お魚いっぱい食べるんだよー」
そう呟いた視線の先には、イワトビペンギンがいた。ナズナなりの冗談なのかも知れない。俺は苦笑して、「今夜は魚食うかぁ」と返しておいた。
「史郎(しろう)くん、水族館に行きましょう!」
「水族館? ……先週の日曜も行った気がする」
「うん、ちょうど一週間前、確かに行きましたね」
ナズナは俺と同い年の大学生だが、誰にでも敬語を話すようだ。丁寧な人物という印象だが、少し変わっている。
先週俺達は男二人で水族館へ出かけた。そしてペンギンのところで長々とその生態を眺めていて、俺が次の水槽に行こうと言ってもなかなか離れがたくそこにいるので、しまいに俺はナズナを置いて一人で館内を廻ったのだ。
「またペンギンを見に行きたいのか?」
「え、史郎くん。僕がペンギン好きだって、よくわかりましたね」
「それは……わかるだろう」
「そもそもペンギンを好きじゃない人間がこの世にいるのでしょうか? 史郎くんはペンギンを嫌いですか」
「別に嫌いではないけど」
「じゃあ好きですね!」
ナズナはにっこりと満面の笑みを浮かべ、テーブルに水族館の年間パスと電卓を置いた。
水族館の年間パスなんてものがあるなんて、ナズナと水族館に行くまで知らなかったし、必要もなかったのだが、つい先週も「年パス買わないんですか?」と聞かれた。
「史郎くんも年パス買った方がお得ですよ? いつでも水族館に行けますし」
「いやー……」
戸惑う俺を知ってか知らずか、ナズナは電卓でどれだけお得なのかをはじき出す。
「ほらね、普通に入場券を買って一年の間に三回行くのと、年パスを購入して好きなだけ行くのは同じ値段なんです。買わないなんてもったいないじゃないですか」
「水族館の営業の人かなんか?」
確かに単純計算したらそうなるのかもしれないが、そもそも年に三回も水族館に行くようなことは、これまでの人生なかった。
「ペンギンに会いたくないんですか?」
どこまでペンギンに会いたいんだろうかこの男は。水族館に行くのであれば、彼女でも作って一緒に行ったらいいのではないだろうか。
「彼女ですかあ……」
ナズナは難しい顔をして斜め上を見つめ、しばらく何か考えていた。しかしそのまま黙り込んでしまったので、彼女の当てがないのだろうな、と俺は察した。
「いや、史郎くんと水族館に行くのが楽しいんです、僕は」
「え、なんで。俺は別に水族館は……」
「黒田史郎くん。……君の名前って、ペンギンみたいですよね」
「――は?」
突然フルネームで呼ばれたので、何かと思ったら妙な指摘をされた。ペンギンみたいって? どこが?
「黒と白で」
ナズナは照れたのか、何だか頬を少し染めている。そこ照れるところだろうか? よくわからない男だ。そうかペンギンオタクなんだなこいつは。
「というわけでですね、水族館に行きましょう! 史郎くん」
「いや何が『というわけ』なん」
「駄目ですか?」
ナズナは断られるなんて思ってもいないような純真な目で、俺を見つめてくる。この目にはなんとなく弱い。実家に置いてきたチワワの太郎ちゃんを思い出すからだ。
俺はため息をつき、仕方なく頷いた。
「わかった。行くよ。でも年パスは……ちょっと今回買えない。お得とか言われてもさ、まとまった金額だから……」
「そうですか、じゃあ史郎くんの誕生日にプレゼントしましょうかねー。誕生日いつですか」
「いやいや……いらんけど」
「えー」
ナズナは嬉しそうに椅子から立ち上がった。
「でも急なお誘いに乗ってくれて嬉しいです」
丁寧に言われて、なんとなく変な気持ちになる。同い年なのだからこんな風に敬語を使わなくてもよいのに。
「――ナズナ。タメ口で喋ってくんない?」
「え? 嫌でした?」
「友達っぽくない、気がする」
「わかりました。んじゃ、史郎。水族館行こう。そしてペンギンを一緒に見よう」
タメ口になった途端、史郎くんから史郎に呼び捨てになったのは少しむずがゆかったが、とりあえず俺達はシェアハウスを出て一緒に水族館へ出かけたのだった。
イワシの大群やでかいマグロ、ハンマーヘッドシャークなんかを先週も見たなあと思いながら眺めていたら、案の定ナズナはペンギンコーナーで捕まった。
仕方なく俺も一緒になってペンギンを眺める。
「あのペンギン……種類わかんないけど。なかなか凛々しいな。眉毛っぽくて」
「イワトビペンギンだよ。かっこいいよね! イワトビペンギンはね……マカロニペンギン属の……」
にこにことペンギンを見つめるナズナは、俺の言葉にぱっと目を輝かせてイワトビペンギンの生態について説明を始めてしまった。本当にペンギンが好きなんだなあこの男。あまりにも詳しくてちょっとぼーっとしてしまったら、ナズナがそれに気づいたのか言葉を止めた。
「あーごめん、調子に乗ったかもしれない。少しずつ史郎にペンギン知識を教えていくから、安心してね」
いや別にペンギン知識欲していない。そう思ったが、なんだか楽しそうなナズナを見ていたら、どうでも良くなった。
ペンギンオタクという謎属性だけど、意外と良好な友人関係を築けているではないたろうか。ナズナは俺に対して率直な自分の言葉をぶつけてくれる。それが心地よいのかもしれなかった。
「もしかしてさあ、ナズナ。俺をペンギンと同一視してないか?」
「まさか。いくら僕だって人間とペンギンの区別くらいつくよ。でもペンギンていいだろう?」
ナズナはそう言って、軽く笑った。
俺達の輝かしいペンギンライフの始まりだ。……ってなんだそりゃ。まずいペンギンに毒されてきたかもしれん。
「ね、史郎。お魚いっぱい食べるんだよー」
そう呟いた視線の先には、イワトビペンギンがいた。ナズナなりの冗談なのかも知れない。俺は苦笑して、「今夜は魚食うかぁ」と返しておいた。
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空色ワンライ9回
お題「ペンギン」
お題に沿って、1時間で書きました。